緊急事態宣言を受け、全社員約1000人を原則在宅勤務に

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、中小企業でもテレワーク(在宅勤務)の導入が広がりつつある。今後も続くwithコロナへの対応では、全社員がオフィスへ出社して業務を行うという、これまでの固定概念を早急に考え直す必要があるだろう。テレワークを先行的に導入した企業では、既に今までの働き方や業務プロセス、コミュニケーションのあり方を再設計する数々の気付きを得ているはずだ。そこで「ニコニコ動画」の運営企業、ドワンゴの夏野 剛社長に、中小企業におけるテレワーク導入のポイントを聞いた。

―― 動画投稿サイト「ニコニコ動画」を運営するドワンゴでは、2020年2月から全社員約1000人を原則在宅勤務とし、同年7月から恒久化することを決定しました。そこに至った背景について教えてください。

夏野氏 在宅勤務は2020年2月中旬から開始したのですが、その後に出た緊急事態宣言を受け、全社員にアンケートをとったところ、本社勤務1000人のうち8割以上が在宅勤務を選択したのです。そこで7月1日から「原則、在宅勤務の会社」とすることにしました。実はコロナ禍前からもテレワークの導入は検討していましたが、なかなか全面的には踏み切れなかった状況があります。それが今回、一気に変わった感じですね。

―― オフィスの在り方も大きく見直したようですね。

夏野氏 銀座にあるオフィスも200席を残して固定席を取り払い、おしゃれなレイアウトの会議室やフリースペースに改造しました。本社とは別の場所にあった動画編集スタジオも本社内に集約しました。家で仕事をするようになれば光熱費も増してきますから、社員1人当たり月2万円の在宅勤務手当を支給しています。もちろん「家には仕事をするスペースがない」「たまには外に出て気分転換したい」といったときにはオフィスで仕事をして構いません。つまり会社が“日常の場”から、たまにしか行かない“晴れの場”に変わったわけですね。現在も社員のほとんどが在宅勤務しており、オフィスには情報システム部門のサポートスタッフぐらいしかいません。私も出社するのは週1回程度です。

―― テレワークに移行して既に1年が経過したことになりますが、どのようなメリットを感じていますか。

夏野氏 まず「通勤」というものがなくなることのメリットが想像以上に大きかった。当社の場合、社員の平均通勤時間は片道約45分。往復なら1時間半になります。さらに通勤のための身支度も考えると1時間がプラスされ、結局3時間近くを日々費やす計算になります。朝9時半のミーティングに間に合うよう、7時に起きて8時に家を出て、9時には会社に到着していなければならない生活だったわけです。でも今なら9時に起きても9時半のオンライン会議に間に合う。本当に生活が一変して、24時間を自分のため、家族のために有効に使えるようになりました。

―― 毎日3時間は大きいですね。それ以外にもメリットはありましたか。

夏野氏 会議自体も非常に効率化しました。今はオンライン会議に備えて事前にデジタル資料を配布するのが当たり前になり、全員が目を通した前提でスタートするので、議論そのものが早く進みます。僕の場合、昔も今もスケジュールが30分・1時間刻みで入っているのですが、オンラインになってからはミーティングが早く終わるので隙間時間がいっぱいできるようになりました。

もう1つ、オンライン会議では「空気を読まない発言」が増え、これが非常にいい効果を生んでいます。リアルな対面会議なら上司の顔色をうかがって「言いたいことが言えなかった」「周りの反応に左右されて賛成・反対を決めてしまう」――そんなケースが多々あったのですが、オンラインではそれがない。疑問に思ったことは質問するし、自分の意思でイエス、ノーが言える。忖度しないで発言できるのはとてもいいことだと思っています。

その代わり、管理職側は今まで以上に明確な指示を出す必要が出てきました。以前ならリアルなミーティングの席で「じゃあ、とりあえずこの方向でやってみて」と発言すれば、なんとなく“阿吽の呼吸 ”で進んでいたものが、リモートではそれができません。「その指示は誰に向けたものか」「報告をいつまでに上げるのか」を明確にオーダーしないと、受ける側も作業に取りかかれない状態になってしまうからです。こうした指示命令系統が明確に可視化されることもリモートワークの大きな特長だと思います。

クラウドサービスで大企業とのハンディキャップを解消せよ

―― テレワークに移行して、社員の働き方はどのように変化したのでしょうか。

夏野氏 業務効率が上がったせいか、残業時間が以前の半分以下になりました。当社では毎朝、自宅のPCやスマートフォンなどからシステムにサインインした時間を業務開始、サインアウトした時間を業務終了として管理していますから、それは明確に分かります。言い方を変えれば、生産性が高まっていることになります。

一方で、対面でのコミュニケーションが減って孤独を感じている社員もいます。特に新入社員は、どう仕事を進めたらよいか、先輩の仕事ぶりを参考にするようなことができにくくなっているので大変だと思います。テレワークに移行した初期のころからそういう話が出ていたので、各部署でいろいろな工夫が行われるようになりました。必ず毎朝9時半からオンラインで朝礼するところもあれば、日中の決まった時間に音声だけをつなぎっぱなしにして、仕事をしている空気感をシェアするとか、オンライン越しにランチを一緒にとってコミュニケーションを深めているチームもあります。それぞれがいいと思う方法を試しているようなので、そうした問題も自然に解決できていくような気がします。

―― 中小企業にとってはテレワーク環境の整備が大きな課題となっているという話をよく聞きます。夏野さんはどうお考えですか。

夏野氏 僕としては、むしろ大企業より中小企業の方がテレワークに移行しやすい環境にあるのではないかと考えています。なぜかというと、大企業では基幹システムの他に労務管理や経費精算、稟議のワークフローといったレガシーなシステムがイントラネットの中にまだまだたくさんあって、それをテレワークで使おうとするとシステム間連携やVPN回線の強化なども含めて非常にハードルが高い。

しかし中小企業の場合、それほどシステムが複雑化していないケースが多いと思いますし、自宅でも社員自身が持っているBYOD(Bring Your Own Device)端末を使えばいいので、これを契機にクラウドサービスに移行すれば、すぐにテレワーク環境が用意できます。中小企業ではよく「ひとり情シス」の問題が指摘されますが、それもクラウドサービスを使えば悩む必要がなくなり、大企業とのハンディキャップもなくなります。

それでもIT環境の整備に迷うなら、アウトソースするか外部の専門家に相談すればよい。既にそうした環境は整っています。自分たちにどんな課題があって、ITをどう活用したいのか、それだけ伝えることができれば、高度なITリテラシーは既に不要となりつつあるのです。

経営者のマインドセットがテレワークの導入を左右する

―― 実際には中小企業のテレワーク化が遅れているという指摘があります。

夏野氏 それはもう、経営者のマインドセットが遅れているからとしか言いようがありません。よく聞くのは、会社の上位層になればなるほどITリテラシーが低いので、つい会社に来てしまう。上司がいくら「君たちは在宅勤務すればいい」と言っても、部下はしぶしぶ出社せざるを得なくなるという悪循環です。経営層の人から率先してテレワークに移行しないと、会社全体がそういう風土にはなりません。これはテクノロジーの問題ではなく、完全にマネジメントの問題です。

―― 最後に、テレワークの導入を検討している中小企業の経営者に向け、メッセージをいただけますでしょうか。

夏野氏 日本の中小企業はコロナ禍を契機に、大きな成長戦略に向けて舵を切るチャンスを迎えていると思います。1つは人財確保のチャンスです。これまで中小企業の経営者は、なかなか優秀な人財が確保できないとおっしゃっていました。しかしテレワークを前提とするなら、全国どこからでも才能ある人を集めることができる。大企業で才能を生かし切っていない人を副業で採用することも可能でしょう。実際に当社でも、様々な地域に居住している優秀なプログラマーを在宅勤務で採用する計画を進めています。

もう1つは、テクノロジー武装で業績を上げるチャンスです。規模が小さくても代々続いている老舗企業、固定したクライアントを持っている製造業などは、ベンチャーよりはるかに社会的信用があるのに、テクノロジーをきちんと使いこなせていなかったことで業績を伸ばせていないケースが多々あります。

ベンチャーが何もないところから始めるのに対し、地域に根付いた中小企業の方が、実はアセットやポテンシャルははるかに高いのです。それがテレワークをはじめとするデジタル技術で武装すれば、チャレンジの可能性がさらに広がり、業績を上げることができる。テレワークだって、最初は戸惑うかもしれませんが、必要に応じて外部の専門家を利用すれば、きっと自社に合うやり方を見つけていけるはずです。

トップの考え方次第で、今こそ中小企業は大きな飛躍のチャンス――経営者の方にはぜひ、そういった意気込みで前へ進んでいただきたいと思います。

Original
Source

日経BPの許可により、2021年3月16日~4月16日掲載 の日経クロステック Active Special を再構成したものです。

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