新型コロナウイルスの逆風が吹き荒れる中、テクノロジーを活用して顧客価値創造に挑戦しているのが日本航空(JAL)だ。同社でデジタル変革を実現してきた西畑智博氏にポイントを尋ねた。

人財の力を引き出すためにテクノロジーを活用

―― JALにおけるDXのいきさつを聞かせてください。

西畑氏 JALはDXという言葉がはやる前から「ビジネスとITの融合」というテーマに取り組んできました。

最初の取り組みはWebの黎明(れいめい)期だった1995年にさかのぼります。この年にWebサイト「www.jal.co.jp」を立ち上げ、1996年に日本の航空会社で初めてインターネットでの航空券予約サービスを開始しました(※)。ビジネス部門にeビジネス推進チームを設立し、モバイル販売、コンビニ決済やOne to OneマーケティングなどEコマースの取り組みを加速させました。2010年にはWeb販売部として組織を拡充し、スマートフォンアプリやSNSを活用した航空券やツアー販売などの取り組みを拡大させました。こうした取り組みをより効果的に成長させるためには、基幹の予約、発券システムが古いままでは困難です。そこで50年間にわたってバージョンアップを繰り返しながら運用、保守を続けてきた旅客基幹システムを刷新する「SAKURAプロジェクト」を開始しました。2018年にグローバルスタンダードであるAmadeusのシステムに刷新してDXの基盤を確立し、さらなるDXに挑戦しています。

インターネット白書’97

1990年代後半はゼロからのスタートでしたが、「Web経由の航空券販売の割合を半分以上にしよう」という目標を立て、試行錯誤しながらチームで取り組んできました。当時社内には「そんなこと本当にできるのか」と疑問視する声もありましたが、今やJALのWebサイト、モバイル経由の国内線航空券販売は80%近くを占めるほどになっています。

―― 現在はどのようなミッションを持ってDXに取り組んでいるのでしょうか。

西畑氏 私のミッションは2つあります。一つはデジタルで全社に変革を起こすこと。いわゆるDXです。もう一つは、新たな事業を創ることです。2021年4月、ドローン物流や空飛ぶクルマによる次世代エアモビリティの事業化に向けて、新たにエアモビリティ創造部を立ち上げたところです。こちらにもデジタルの力は欠かせません。

DXといっても、デジタルの力を使ってお客さまに新たな価値を提供する「カスタマーエクスペリエンス(CX)の向上」だけでなく、「エンプロイーエクスペリエンス(EX)の向上」に向けてオペレーションプロセスの変革にも取り組んでいます。航空事業で必要とする業務は幅広く、運航、客室、整備、空港など多岐にわたります。デジタルの力を生かしてどのようにシームレスな部門間連携を実現するか。「人財×テクノロジー」で地に足の着いたイノベーションを実現するという大義を掲げて進めています。

「地に足の着いた」というのも大切なテーマです。イノベーションといえば最先端で格好いいものというイメージがありますが、ローンチを成功させるにはお客さまやスタッフにとって価値を感じられるものでなければいけません。いかに地に足の着いた形でサービス化するかにこだわっています。

この取り組みを継続的に進めるために2018年から作り上げてきたのがイノベーションのプラットフォームであり、その象徴とも言えるのが2018年4月にオープンさせた「JAL Innovation Lab」です。JALのイノベーションの拠点となる場で、業務企画職の社員だけでなく、運航、客室、整備、空港、貨物など現場の社員も「ラボ会員」となり、2021年4月時点では120人以上が参加しています。

日本航空(JAL) 常務執行役員 デジタルイノベーション本部長 西畑智博氏

成果を出し、大義を共有しながら社内外を巻き込む

―― 「人財」という言葉がありましたが、プロセスや組織、人などの変革にも取り組まれたのでしょうか。

西畑氏 おっしゃる通りです。さまざまな本部を巻き込み、周囲の人と一緒になってチームを大きくしてきました。1999年に初めてeビジネス推進チームを作ったとき、メンバーは2人だけでした。いかに周りを巻き込むかを考え、JALとして初の社内公募を行ったところ、40人ほどの仲間が応募してくれました。その後も各本部の協力を仰ぎ、チームが「Web販売部」になり、そして現在では本部になり、DXを推進する立場になっています。

―― しかし、一言に「巻き込む」といっても、なかなか難しいのではないでしょうか。

西畑氏 私自身にとっても、「巻き込み力」をどう身に付けていくかは今でも課題であり、ゴールのない取り組みだと感じています。ただ、社内外の巻き込み力を生むには、いろいろな人とフラットに会話ができるオープンマインドなリーダーシップが必要不可欠だと思っています。それは多様性にもつながるでしょう。

どのような挑戦にも困難はつきものです。時には気持ちがくじけることもあります。それを乗り越えるのに必要なことは、私は「陽性の挑戦心」や「心のエネルギー」だと思っています。しかしそれらは1人では生まれません。チームで取り組むからこそ心のエネルギーが保てると思っていますし、未来への好奇心や興味を持つことで陽性の挑戦心が生まれると考えています。

―― 新型コロナの影響で航空業界は大変な状況に直面されていますが、むしろそこからチャンスも生まれているのでしょうか。

西畑氏 はい。新型コロナの拡大前から、デジタルでイノベーションを起こしていこうと、LINEやアバターロボットを用いた案内、非接触でのチェックイン、自動でゲートまで行って待機場所に戻ってくる自動車椅子や顔認証による決済など、さまざまなアイデアの実現に取り組んでいました。新型コロナの拡大により「非接触、非対面」のニーズが増したことで一気に取り組みは加速しています。2020年4月の緊急事態宣言から約1年が経過しましたが、本部は忙しい1年を過ごし、お金もあまり使えない中でさまざまな工夫やパートナーシップを通してアイデアを実現してきました。

中小企業のデジタル活用 ポイントは「信頼」と「感謝」

―― JALでの経験を踏まえ、中小企業がデジタル技術を活用するに当たって必要なことは何か、アドバイスを頂けないでしょうか。

西畑氏 さまざまなキーワードがありますが、まずは巻き込み力ですね。「現場」「ミドル」「経営層」の3つが同じ方向を向かないと、物事は成し得ないと思っています。現場だけでも、社長だけでも進みません。この3階層を同じ方向に向かせるマインド力が大切だと思います。経営層との信頼関係を築き、あの手この手で巻き込んでいくことが必要でしょう。

もう一つはスピード力でしょうか。今までのシステムは、まず要件をしっかり定義し、開発に年単位の時間がかかることも多くありました。基幹システムのように重要なものはしっかり作るとしても、スマートフォンアプリなどお客さまとの接点になるところでは日々実験していくやり方が必要です。いわゆるアジャイル方式ですね。われわれのラボではプロジェクトを3カ月単位で回しています。3カ月でできることはおのずと限られますし、要件もお金も絞られます。その中でまず小さく作ってお客さまにサービスを提供し、結果を踏まえて変えていくというやり方をしています。

―― 中小企業におけるデジタル活用の成功例を知っていたらお聞かせください。

西畑氏 3年ほど前にJALと和郷の共同出資で設立したJAL Agriportという関連会社があります。社員数は10人程度で、観光農園とレストラン事業、プライベートブランド商品の販売が主な事業です。

農業はJALにとって初めての挑戦です。農業に詳しい社員もいないし、そんなにお金もあるわけではありません。その中で鍵になったのはやはりデジタルです。国内航空券販売の知見を生かしてオウンドメディアを確立し、そこで農作物を販売する流れを作りました。しかもeビジネス推進チームを立ち上げた当時と違って、現在ではそれをサポートしてくれるさまざまなパートナー会社がありますし、プラットフォームも安価に手に入ります。わずかなコストでWebサイトでモノを売っていくことができます。

ポイントは、大きく初期投資しないことです。やりながら考えて、良さそうであれば投資を増やして大きくしていくアジャイルな方法を採る。こうしたやり方がこれからの時代に合っていると思いますし、新型コロナでその良さがよりはっきり分かったと思います。

課題に直面したときにこそ見えてくる信頼関係が鍵に

―― DXを進めていく上で不可欠なITパートナーとは、どのようにお付き合いしていますか。

西畑氏 フラットなパートナーシップを意識しています。SAKURAプロジェクトは約50社のベンダーをITパートナーとして一緒に進めましたが、そのときには「ワンボート」と言い続けました。「どこか一つでも失敗したらプロジェクト全部が失敗であり、一蓮托生(いちれんたくしょう)です」と一生懸命お伝えしました。おかげでプロジェクトの最後の方では、競合するベンダー同士が一緒に報告してくれるという場面もありました。

その根底にはフラットな関係性が必要だと思います。受注者と発注者の力関係があると問題があっても言い出せなくなりがちで、言われたときには「時すでに遅し」となるケースもあります。フラットに課題を指摘してオープンに話をするには、互いの信頼関係が不可欠でしょう。もちろん契約やお金のやりとりはありますし、シビアなことを言うべきときもあります。そこはなあなあにせず、信頼関係を築くことが最も大切かもしれません。

―― 西畑さんがITパートナーに求めることは何でしょうか。

西畑氏 この時代、吸収力や柔軟性のようなものがとても大切だと思います。後は文化、相性が良いかどうかでしょう。求めていることが一緒かどうか、誰に喜ばれれば双方がハッピーになるかといったゴールが共通ならば、課題があっても乗り越えられると思います。

課題が浮上したり問題が起きたりすることはプロジェクトでは必ずあります。問題が起きたときにどのようにお互いが対処するかで信頼度が上がっていくと思いますし、さまざまなITパートナーとお付き合いすることで発注元企業のマインドやスキルも変わっていくと思います。

―― 問題や失敗を乗り越えるにはどうしたらよいでしょうか。

西畑氏 失敗にも2通りあると思います。一つは何もリスクを取らず、ただ待っているだけの仕事で起きるミステーク。もう一つはリスクテークです。新しいことには必ずリスクが付きまとうので、リスクテークをしないと進めません。われわれは後者の失敗は歓迎しています。挑戦し、失敗したらそこから学んで成功するまでやり続けるべきだと考えています。

振り返ってみれば、想定以上のコストがかかって解散したプロジェクトもたくさんあります。今後大切になるのは「やめる」という決断を下すことかもしれません。さまざまなアイデアや提案があると全て実現させたくなりますが、IT、人、モノ、カネのリソースは有限です。だから選ぶ。そこにノウハウが求められると思います。やらないことを決めることには勇気が必要ですが、結果、人、チームを見て見極める、広い意味での目利き力を上げたいと思っています。

外部のITパートナーとのお付き合いもそうですね。さまざまな提案があり、どれもよく聞こえますが、取り組みを進めていく中で信頼を置けるものとそうでないものが分かってくるはずです。やっぱり最後は「信頼」と「感謝」ですね。この2つを培ってきたITパートナーとは長続きしています。

―― 最後に、中小企業がデジタル活用に取り組むに当たって、メッセージをお願いします。

西畑氏 私自身も格闘中ですが、今や中小企業を含むあらゆる企業や業界でデジタルの力で業務を変革し、利便性の高いサービスを提供することが求められる時代です。そうした中で変化を恐れないことが大切だと思います。変化を作り出す勇気とマインドセットを持ち続けていたいですね。中小企業においてもリーダーシップを持つ人がきっかけを作り、賛同する仲間が付いてくることで変革が始まると思っています。

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アイティメディア営業企画
制作:TechTargetジャパン編集部
この記事はTechTargetジャパン(https://techtarget.itmedia.co.jp/)に2021年5月に掲載された
コンテンツを転載したものです。
https://techtarget.itmedia.co.jp/tt/news/2105/06/news13.html

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