ネスレ日本社長に就任後、数々のプロジェクトを成功に導いてきた高岡浩三氏は、2020年に同社を退社した後、日本企業のイノベーション支援に尽力している。高岡氏が語る、日本企業がイノベーションを起こすために取り組むべきこととは。

失われた30年を生きる中で行き着いた「顧客の問題解決」

―― 外資系企業であるネスレの日本法人に新卒で入社し、社長として60歳になるまで同社一筋で来られました。

ケイアンドカンパニーの高岡浩三氏

高岡氏 自分でも、ここまで長く勤めるとは思っていませんでした。新卒で入社した理由の一つは、大学でマーケティングを勉強して企業が持つブランドの魅力を知り、ブランドの力で人々を幸せにできる仕事をしたいと考えたからです。

私がネスレで働いた38年間は、日本の「失われた30年」そのものでした。この間少子高齢化が進み、食品を扱う企業にとって物理的に需要が減っていく状況が続きました。

世界の支社から見ても、日本は「ああはなりたくない」という見本のような存在でした。ビジネス的に日本はグローバルのトップ10に入るものの、最も難しい市場という認識が定着していました。

私が社長に就任した当時、ネスレ日本の社員には主力の「ネスカフェ」について何をやってもうまくいかないという諦めムードがあり、その士気を上げることが必要でした。

そのためには、ネスレ日本はどこに向かうかという共通の目的とそこに向けて従来のマーケティングを変えることが必要でした。

ところが、社内にマーケティングやイノベーションの意味が分かっている人は見当たりません。誰に聞いてもちゃんとした答えは得られませんでした。意味が伝わっていないのに、社員にイノベーションをやれと言っても無理な話です。

これはスイスの本社でも同じでした。あるとき、本社の会議で幹部に「ネスレにおけるイノベーションの定義とは何か」と聞いたところ、誰も答えられませんでした。逆に「おまえが考えろ」ということになってしまいました。

自分としてはお墨付きをもらったということで、真剣に考えを深めていきました。その結果たどり着いたのが「顧客の問題解決」だったのです。

顧客の問題を解決し、それによって生まれる付加価値を作る活動そのものをマーケティングと呼ぶことにしました。B2B(Business to Business)でもB2C(Business to Consumer)でも、どんな人にも顧客はいます。間接部門で働く人にもマーケティングの考え方は有効です。人事でも経理でも工場でも、それぞれ顧客のために仕事をしているのです。

顧客の問題に焦点を当てたときに、イノベーションの説明もできるようになりました。

例えば、マーケティング活動で重要とされる市場調査です。市場調査は顧客が「これは問題だ。なんとかしてほしい」と思っているものです。ただ、これを解決して実現することはイノベーションでなくリノベーションです。イノベーションとは、顧客が最初から「解決できないと諦めていること」を見つけて解決することです。

ですから、市場調査ではイノベーションの種は見つかりません。この考えを社員と共有したことで、皆がふに落ちてイノベーションというものを組織で考えることができるようになりました。

顧客の問題を解決していった結果の一つが、キットカットの受験キャンペーンです。

キットカットを「きっと勝つ」ともじって応援の言葉を添えて渡す行動は、受験生を抱える親たちが自然発生的に生み出したものです。それを私たちが知ったとき、メーカーが横取りすることを避けて静かにネット上で話題を広げていきました。その結果、20年以上たった今でも色あせず、受験シーズンの応援の形として支持されているのだと思います。

カプセル型のコーヒーも同じです。昔と違って、今は家族だんらんから1人の時間を楽しむようになっています。コーヒーも家族で消費する時代から1人で消費する時代になりました。しかし、お湯を沸かす道具もコーヒーメーカーも、コーヒーを1杯だけ作るのに適したものが存在しません。この不便さを解消するために生み出したのが「ネスカフェ バリスタ」や「ネスカフェ ドルチェ グスト」という商品です。そして、オフィスで1杯のコーヒーをおいしく飲みたいという問題を解決した「ネスカフェ アンバサダー」へと続きました。

ネスレ日本で、常に顧客の問題を探してきたことで、幾つかのイノベーションを生み出すことができました。そこでこの経験を生かし、自分のセカンドキャリアでは日本企業のイノベーションを支援したいと思うようになり、個人事務所を立ち上げました。

「新しい現実」を直視しなければ顧客の課題は分からない

―― なぜ、日本企業ではネスレ日本のようなイノベーションが起きないのでしょうか。

高岡氏 私はイノベーションのためには「常に新しい現実を見る」ことが非常に重要だと思っています。なぜかというと、顧客の課題は時代とともに変わっていくからです。例えば今まさに社会に大きな影響を与えている新型コロナウイルスですが、現在の状況が新しい現実かというと、それはまだ分かりません。ワクチンが普及して集団免疫ができると、従来の社会に戻るかもしれないからです。

新しい現実というのは、10年ぐらいのスパンで捉えないと見えてきません。日本社会の高齢化は何十年も前から現実でしたが、最近「老老介護」という言葉が生まれました。現実を体験する当事者が出てきて、新しい問題が生まれます。それが、イノベーションの種になります。

―― 現場が変革の必要性に気付いても、経営者の腰が重い場合はどうすればいいでしょうか。

高岡氏 厳しいことを言うようですが、中小以上の企業の社長はほとんどがサラリーマン社長です。その大半は、何かイノベーションを起こしたから社長になったという人ではないはずです。イノベーションを起こしたことのないリーダーが、イノベーションにいきなり巨額の投資を決断することは難しいでしょう。

私は、そういう企業のミドル層に、自分たちの手でイノベーションを起こしていくべきだと話しています。小さいレベルで仮説を検証して、うまくいくレベルまで発展したときに、それを経営者に発表すべきです。

ネスレ時代、私は新しいマーケティングの取り組みをする際に、最初はスイスの本社には一切話さず、北海道でテストマーケティングを繰り返していました。宣伝費が安く、日本の人口の5%が暮らす地域としてやりやすかったからです。私の裁量の範囲で、仮に失敗しても問題ありませんでした。そこでいい結果が出たものだけを本社に説明しました。最初から大風呂敷を広げてビジネスプランをプレゼンしても、誰にも判断ができません。小さく試して成功したものを経営者に見せる。そういう文化を創るべきだと思います。

―― 中小企業では、イノベーションを起こすのは難しいのでしょうか。

高岡氏 逆です。むしろ大企業こそイノベーションが起きにくい。ネスレ本社も、自前で起こしたイノベーションは40年前の「ネスプレッソ」だけでした。その他は全部、企業買収で新しいことをしています。ネスレだけでなく世界的な大企業は今、こぞってイノベーティブなスタートアップを買収しています。

なぜ大企業ではイノベーションを起こすのが難しいのか。それは組織が大き過ぎて動きが遅いため、失敗を繰り返して最終的に成功させるまでに時間がかかり過ぎるからです。中小企業の方が有利だということに気付いてほしいと思います。

ただしそのためには、中小企業がデジタルの力を借りて、無駄なくスピーディーに動けるようになっていることが必要です。中小企業の人手不足は深刻ですが、経営者は少しでも効率化を図ることを意識しなければいけません。

その際、企業にITを導入しているパートナー企業などの知恵を借りることも有効です。私たちは仕事道具であるノートPCやスマートフォンの能力の何%を使っているのでしょうか。たぶん、20%も使っていないと思います。さらに活用することで、仕事は効率良くできるはずです。

業務を変える際に、一から大掛かりなシステムを作らないといけないと思い込んでいる経営者が多いようですが、実は市販のものでも十分に使える場合があります。

中小企業は、足元の仕事の効率化から取り組むことで少なくともデジタル化は進むと思います。本当のDXはデジタル化の先ですが、まずはデジタル化からでも始めるべきです。

自社で何もかもやろうとするのは間違い

―― デジタル化からDXに進むときに、どういう組織や体制をつくるべきでしょうか。

高岡氏 社内の組織を変える必要はありません。私はネスレ日本の社長をしていた10年間で、ECの売り上げをゼロの状態から20%に拡大させました。特にカプセル式のコーヒーなどは半分以上をECが占めています。

ですが、ECビジネスの立ち上げに際して新たに雇った人はゼロでした。ITの外部パートナー企業と組んでプロジェクトチームを作り、専門家の集団と自社のメンバーで協業して進めたのです。ITの業界と一般の企業とでは働く環境や報酬などが大きく異なるため、全てを自社でやろうとするのは間違いだと思います。プロに任せるところは任せることで、自社の強みに集中できると考えています。

―― 信頼できるITパートナーを選ぶ基準はどこにありますか。

高岡氏 ITパートナーは、身近な付き合いがあるところから考えれば間違いがないと思います。実はITパートナー選びよりも重要なのは、自社で何を解決したいかがはっきりしていることです。ITパートナーが一番困るのが、顧客側が何をしたいか分からないときだと言います。まず、そこを自社が決めないといけません。

それでも、自社のシステムの問題点、弱いところや他社との違いなど、自分たちでは分からない部分もあります。そういうところは日頃から付き合いがあるITパートナーに聞いてみるのが一番安心で、客観的な意見が得られると思います。

皆が諦めている課題こそイノベーションの種

―― 中小企業の経営者に、イノベーティブな企業になるためのアドバイスを頂けますでしょうか。

高岡氏 少子高齢化による人手不足の話をしましたが、新しい現実をしっかり見ると、人が足りないのはブルーカラーで、ホワイトカラーは非常に人余りになっています。それは過去数十年間に大学の数が急増し、ホワイトカラーが大量生産された結果です。これが企業社会の新しい現実です。

ここを真剣に捉えて、どこに手を打つべきなのか。技術的にはできるのに、いろいろな理由を付けて「できない」と思い込んでいないか。それを見つめ直してほしいと思います。自社では無理と思っていたテレワークも、コロナ禍で必要に迫られればなんとかなることが分かったと思います。

そして、新しい課題を見つけてそれを解決しようというときに、自社だけで解決できないということの方が多いのです。そのときに、同じような課題を持っている業界はどこか、という見方をすることが重要です。他も同じなのだから我慢しよう、ではいけません。皆が諦めている課題こそが、イノベーションの源泉です。

GAFAをはじめ、今デジタルで成功しているビジネスのほとんどは、20世紀に諦めていた問題に取り組んで解決した結果です。それを忘れないでほしいと思います。日本は課題先進国といわれる通り、世界が今後直面する問題を先んじて経験しています。そこにイノベーションの種は数多く潜んでいるのです。

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アイティメディア営業企画
制作:TechTargetジャパン編集部
この記事はTechTargetジャパン(https://techtarget.itmedia.co.jp/)に2021年5月に掲載された
コンテンツを転載したものです。
https://techtarget.itmedia.co.jp/tt/news/2105/21/news03.html

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