2020年4月に電子契約への移行を発表したメルカリで電子契約システム導入プロジェクトを推進した大坪くるみ氏が考える、中小企業のITシステム導入を成功させるためのポイントとは。

メルカリも、契約書は紙とはんこの世界だった

―― 2013年に創業し、わずか8年で日本を代表するIT企業の1社に急成長したメルカリは、コロナ禍でも業績の急拡大が続いています。社内はデジタルを駆使した働き方が浸透しているという印象を受けますが、法務部が担当する契約書関連の業務はどうだったのでしょうか。

大坪氏 メルカリは新型コロナウイルスの感染拡大前から社内の大半の業務はテレワークができる環境でした。2020年2月からは原則テレワークとなり、ほとんどの従業員は自宅で働くことができました。

しかし取引先との契約に関しては、原則として書面とはんこによる契約書の取り交わしを前提としていました。メルカリでは法務部門が契約事務も担当しているので、法務部門の誰かが出社しないと契約を締結できません。そのため部内でローテーションをして出社し、契約業務に当たりました。当然、その契約書に関わる従業員も出社しなければいけません。

コロナ禍の長期化が予想される中、従業員を感染リスクにさらす状況が続くことを回避するため、2020年3月に当社でも急きょ電子契約システムを導入することを決めました。

―― 電子契約システムの導入はスムーズに進みましたか。

大坪氏 システム導入に先立って、やらなければいけないことが複数ありました。

従来の業務では、契約内容の確認は担当者がWord文書などで電子的にやりとりし、内容が固まって最終的に契約を結ぶ際にそれを印刷して押印の上で郵送し、互いに1部ずつ保管することになっていました。書面の管理と併せてそれをスキャンしたPDFデータを管理するため、契約の取り交わしと契約書の保管業務には出社および人手が必要でした。

そのためタイムリーにシステム上で契約の進捗(しんちょく)状況を確認できないなど、契約管理に課題がありました。テレワークが始まると出社が必要な業務の対応が難しくなり、業務に混乱が生じました。

この状態のまま電子契約システムを導入すると、さらに混乱が増してしまう恐れがありました。そのため法務部は、電子契約システム導入よりも先に電子契約の社内ルールと業務フローを作らなければいけないという認識を持っていました。

社内ルールと業務フローは、法務部だけでは作れません。総務部やIT部門などと連携して検討しなければいけませんでした。

もちろん、新しいシステムを導入するには予算も必要です。そこで経営陣に導入の狙いを理解してもらい、2020年4月早々には電子契約を全社的に導入するという経営判断が下り、運用ルールとシステムの検討に入りました。

メルカリ コーポレートリーガル 弁護士 大坪くるみ氏

新しいITサービスは既存システムとの連携が必要

―― 運用ルールの策定はどのように進めたのでしょうか。

大坪氏 まず、電子契約システムの導入で契約担当者や法務部門の業務フローをどう変えるべきかを考えました。特に重視したのは、電子契約システムと社内の各業務システムとの連携です。

もちろん業務効率化のためでもありますが、もう一つ、社内運用ルールに基づかない契約を防ぐという意図もありました。SaaSの電子契約システムはいろいろありますが、多くはメールアドレス認証で契約書を取り交わすことができます。これ自体はすごく便利で導入しやすいのですが、裏を返せばメールアドレスさえあれば誰でも契約できてしまいます。はんこは基本的に社内の金庫の中にあって、法務部や総務部など権限がある人しか押すことができません。この安心感があるので、これまではんこが常用されてきました。

電子契約でも、従来のガバナンスと安心感を維持する必要があります。そこで、電子契約システムにログインして電子契約締結の操作ができる権限を法務部門に限定することにしました。

法務部門だけでは社内システムとの連携はできないため、IT部門と念入りに協議、連携して進めました。連携用のAPIを公開しているサービスは少なくありませんが、本当に連携できるかどうかは慎重に確認しなければ分かりません。その部分でもIT部門の支援が必要でした。

さらに、契約の電子化をメルカリだけが導入しても意味がありません。契約を結ぶ相手の合意が必要です。まず、対外的な文書をコーポレートリーガル名義で発行して電子契約への理解をお願いしました。同時に、取引先が電子契約に対して疑問に思っていることを調査して可能な限り回答するとともに、社内でも契約担当者向けにFAQを公開しています。外部へのお願いと利用促進の活動は現在も続けています。

メルカリの電子契約システムは2020年5月の連休明けに稼働を開始しました。緊急事態宣言下で出社せずに契約書の業務ができるようになり、社内外から歓迎されました。社内システムとのAPI連携は稼働開始から1カ月程度遅れましたが、無事に実現しました。

ガバナンス、業務効率化でメリットが大きい

―― 中小企業の電子契約導入に関して、アドバイスはありますか。

大坪氏 当社の電子契約システム導入についてはプレスリリースを発行したこともあり、多くの企業から電子契約の導入についてお問い合わせを頂きました。多かったのはやはり「導入に当たって何を検討すればよいか」「メールアドレス認証の仕組みでも大丈夫なのか」ということです。まずは社内ルールおよび業務フローの確立と、それに沿った社内システムとの連携や自動化が重要だとお答えしています。電子契約では、権限のない従業員が勝手に契約を結ぶことをシステムで防ぎ、もし怪しい挙動があれば法務部門などがチェックできるフローを用意することが重要だと思います。

システム連携はガバナンスの面でも重要ですが、作業が圧倒的に楽になることも大きなメリットです。当社のシステムは、契約書の内容の確認が終わり双方が合意すれば、後は「電子契約をする」というボタンを押すだけで自動的に契約締結の手順が実行されます。電子契約の締結が完了すると、締結済みファイルがシステムに自動でアップロードされます。手作業による契約書データの保管業務なども不要で、印紙や郵送コストも削減できます。

これらのメリットを、いかに分かりやすく社内や取引先に伝えられるかが導入成功のカギになると思います。契約業務で言えば、今まではんこを利用するのが当たり前で、「変える必要はない」と思っている人が少なくありません。説得するには、「なぜ変えるのか」をしっかりと説明しなければいけません。それをボトムアップで進めるのは限界があるので、経営トップのメッセージとして「これをやるんだ」と打ち出すことが社内に浸透させやすくするという印象です。

取引先から、電子契約に難色を示されることもあります。その場合、例えばNDA(秘密保持契約)のような、日常的に発生する比較的リスクの低い案件から電子化の対応をお願いしています。まずはメルカリとの契約書で電子契約を試してそのメリットを理解いただければと考えています。

システムありきのデジタル化は「負債」を残す

―― ITシステムに関して、中小企業の導入におけるポイントは何でしょうか。

大坪氏 手軽に導入できるSaaSの業務システムが増えています。無料期間があったり使いやすかったりするため、まずはトライアルをしてみるのがよいと思います。本番導入に際しては、試してみた結果を十分に吟味して自社の課題解決にとって正しいものかどうかを判断すべきです。

稼働が簡単ならすぐに導入すればいいという見方もありますが、私はそう思いません。気軽に導入しても、それに合わせた業務フローや社内ルールができていないと誰も使わないし、使えないからです。従来の業務フローにおける課題、つまり「負債」を残したままIT化だけを進めても、結局その負債を引きずっていくことになります。

現状の業務課題は何か、自動化できる部分はないかなど、自社業務の洗い出しを優先して進めるべきだと思います。

―― 中小企業では契約業務をはじめ、多くの業務フローが明確に定まっておらず属人的になりがちです。どう対処すればいいのでしょうか。

大坪氏 企業の成長ステージによって課題は変わってきます。メルカリもベンチャーから急成長してきた企業で、全ての業務が明確にルール化されていたわけではありません。それが柔軟な組織運営につながる面もあったと思います。

もともと少ない人員で成長してきた企業にとって、バックオフィス業務の効率化は大きなテーマです。少ない人的リソースを無駄な業務から解放するためにも、ターゲットを決めて業務課題を見つけ、ITによる効率化を進めていただければと思います。管理部門の人も「自分はIT部門ではないから関係ない」と思わずに、アンテナを立てていくべきだと思います。経営者を納得させるために、現状の業務にかかるコストや業務効率化によるメリットを示せるようにすることも大切です。

中小企業の変革に役立つITアドバイザーの存在

―― 中小企業のIT活用に関して、役に立つものは何でしょうか。

大坪氏 社内の事情を理解してもらった上で、自社に合ったアドバイスや提案をしてくれるITのアドバイザーは非常にありがたいと思います。特に、今はいろいろなサービスがあるので、どれを選べばいいのか、どれが自社に合っているのかを自分たちで調べるのは至難の業です。専門家の目で、自社に必要なものを迅速かつ的確に提案してくれるアドバイザーの存在は助かりますね。

企業規模の大小を問わず、短期間でテレワークがここまで進むとは従来考えられなかったと思います。紙の業務をはじめ、テレワークの弊害となる業務フローを見直すチャンスです。経営層に対して電子化、デジタル活用の重要性を説明しやすく理解してもらいやすいタイミングだと思います。

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アイティメディア営業企画
制作:TechTargetジャパン編集部
この記事はTechTargetジャパン(https://techtarget.itmedia.co.jp/)に2021年2月に掲載された
コンテンツを転載したものです。
https://techtarget.itmedia.co.jp/tt/news/2102/12/news05.html

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